東京高等裁判所 昭和26年(ナ)36号 判決 1953年6月01日
原告 田村末松 外二名
訴訟代理人 太田耐造 外四名
被告 新潟県選挙管理委員会 代表者委員長 石田信次
訴訟代理人 古井喜実
補助参加人 新潟市選挙管理委員会 代表者委員長 松鷹恂
指定代理人 藤山藤作
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、昭和二十六年八月十五日被告新潟県選挙管理委員会のなした裁決を取消す、同年四月二十三日に行われた新潟市議会議員選挙を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする、との趣旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
第一、原告等三名は昭和二十六年四月二十三日施行された新潟市議会議員選挙の選挙人であるが、同選挙は左記理由によつて全部無効である。
一、同日新潟市において施行された選挙は、新潟市議会議員の選挙(以下議員選挙と略称する)と、新潟市長の選挙(以下市長選挙と略称する)とが、同時に行われたものであるが、右選挙につき新潟市選挙管理委員会(以下市選管委と略称する)は、投票の順序に関し選挙人毎に、議員選挙の投票を先に行い、次に市長選挙の投票を行わしめる旨決定し、同年四月十日、同月十二日、同月十九日の三回に亘り、投票管理者及びその代理者の会議並びに同年三月二十八日より同月三十日までの間、同市沼垂出張所外四ケ所で市嘱託員会議をそれぞれ開催し、これら会議において右の順序に従い投票せしめるよう指示すると同時に、右の投票順序を図解したる表を附した選挙事務行程表を作成して、これを右の選挙事務従事者及び関係者に配布し、右指示の周知徹底を期した外、委員長安藤文祐等自ら、或は右選挙事務従事者等をして、機会ある毎に一般選挙人に対し、右投票順序の周知を図つた結果、選挙人一般は右の選挙においては、議員選挙の投票を先にし、市長選挙の投票を後にするものであることを了知するに至つた。それであるのに同市内二十九ケ所の投票所の内木戸小学校に開設された第二十五投票所(投票管理者桜井一郎)のみは、市選管委の右投票順序の決定を無視し、市長選挙の投票用紙を最初に交付して投票させ、次いで議員選挙の投票用紙を交付して投票させ、この市長選挙先、議員選挙後の投票順序を午前七時より午後九時頃まで約二時間に亘り継続した。このため多数選挙人は錯誤に陥り、その結果同投票所においては、候補者に非ざる者の氏名を記載した多数の無効投票を出した。同投票所の開票は礎小学校に開設された第五開票所で行われたが、この開票所から、候補者に非ざる者の氏名を記載した無効投票は、議員選挙で四四三票の多きに達している。この無効投票数は次表のとおり全開票所中の最高位にあり、その全無効投票数に対する割合も七割三分という異状な高率を示しているが、恐らく第二十五投票所において、市議会議員の投票用紙に市長候補者の氏名を誤り記載したものが多かつたためと推測される。
開票区
(1)投票総数
(2)無効投票数
(3)無効投票中候補者に
非ざる者の氏名記載
(3)の(2)に対
する割合
第一
一九、四九四
四五三
二六三
〇・五八
第二
二二、三〇六
六三二
三四六
〇・五四
第三
一八、一一一
五二二
二六〇
〇・四九
第四
二〇、四五七
六五三
三五六
〇・五四
第五
二三、九四二
六〇四
四四三
〇・七三
そもそも同時選挙の場合において、二投票用紙を先後の別なく選挙人に同時に交付して投票せしむるか、或は一の投票用紙を先に交付して投票せしめその終了後他の投票用紙を交付して投票せしめるか、また後の場合においても予め先後の別を一定し終始その順序により投票を行うか等の、投票の順序の決定は投票所の秩序を保ち且つ選挙の公明適正を期する上に、至大な関係を有する重要事項であるから、単に投票の事務を担任するに過ぎない投票管理者において、任意に決定施行することを許さるべき性質のものではなく、その自由裁量の範囲に属していないことは自ら明らかなところであつて、本件のような同時選挙の場合、右の投票順序は公職選挙法(以下公選法と略す)第六条第一項にいう「投票の方法」又は「選挙に関し特に必要と認める事項」であり、その決定は市選管委の決定すべき事項であると解する外はない。
而して一旦これを決定し周知せしめた以上、投票管理者はその決定順序に従い投票を行わしむべきであり、同委員会の変更決定に基かないで、任意にこれが順序を変更するが如きことは許さるべきではない。前述のように第二十五投票所は、市選管委の決定に背き、みだりに市長選挙先、議員選挙後の投票を約二時間の長きに亘つて行わしめ、この間約七百人の多数に上る選挙人により投票が行われた後、漸くその誤をさとり、急遽市選管委決定の投票順序に変更して投票を続行せしめたが、これは明らかに公選法第六条第一項に違反し、且つこれがため多数の選挙人を、徒らに混乱に導き或は錯誤に陥れ、その結果前述多数の無効投票を生ずるに至らしめたもので、選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保せんとした公選法第一条の規定にも明らかに違反したものと云わざるを得ない。しかも右の同法第六条第一項の法規違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞があることは明瞭(最下位当選者阿部有一と、次点者槇坂覚治との得票数の差は、三九票に過ぎない)であるから、右選挙は無効たるべきものである。
二、市選管委は、本件選挙前三回に亘り開催された投票管理者及び代理者の選挙事務打合会議において、投票の順序につき協議した結果、市議会議員を先に投票せしめ、市長を後に投票せしめるのが最も錯誤の少ない方法であるとの意見が多数であつたので、その順序によることを申合せたが、この点に関し正式に周知徹底を図つたことはないという、原告等の異議申立に対する決定書中で述べてある事実が、真実であるとするならば、市選管委は明らかに選挙の法規に違反していると云わねばならぬ。公選法は市町村選挙管理委員会に対し「投票の方法………………その他選挙に関し特に必要と認める事項を常に周知せしめる」ことを要請しているが、同時選挙における投票の順序の如き重要事項につき、選挙事務従事者との間に申合をしておきながら、これが周知徹底を為さず、ために前述第二十五投票所において投票の順序を誤り、これを発見するや急遽順序を変更するなどの失態を演ぜしめるに至つたことは、重要事項の周知を怠つたか或は、周知の方法その宜しきを得なかつたことに基因することは明瞭であつて、右市選管委の所為は公選法第六条に違反し、しかも選挙の結果に異動を及ぼす虞あること明らかである。
三、前記第二十五投票所は、前示一に記載の如く午前七時から午前九時まで、市選管委の決定した投票順序によらず市長選挙先議員選挙後の順序によつて投票を行つたが、これを市選管委の決定どおり変更するに当たり、約三十分に亘り投票を中止し、事実上投票所を閉鎖した。その間選挙人は長蛇の列をなし、中には投票を断念して引上げた者すら認められた。そもそも投票所の開閉時間については、公選法第四十条に規定するところであり、同条第一項但書及び第二項の場合を除いては、投票所は午前七時より午後六時までは選挙人において何時にても自由に投票し得る状態におかれなければならぬのに、第二十五投票所が右のように約三十分間も投票を中止し、選挙人をして投票をなさしめ得ない状態を惹起したのであるから、これは明らかに右法条に違反している。しかも午前九時頃よりの約三十分間は投票の最盛時であつて、同投票所における棄権数二百九十五票中には、右投票所の事実上の閉鎖の結果生じたものをも含むものと認められるから、右の法規違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞のあることは明瞭である。
第二、更に本件選挙において新潟市石山支所に開設された第二十四投票所の投票管理者山田利二は、同投票所の代理投票補助者として山崎俊子、片山ミイ、伊藤カズ、河内啓明の四名を、二名交代に指定し、代理投票の代筆及び立会の事務を担当せしめていたが、同投票所の投票用紙交付係五十嵐四郎は、代理投票補助者に指定されていないのに拘らず所定の手続によらないで、選挙人小熊ソヨ等数十名(或は百数十名に達しているやも知れず)のため、投票用紙に代筆投票している。しかも投票管理者山田利二はこの事実を目撃しながらこれを放置して何等適切な措置に出てない。右は明らかに公選法第四十八条同法施行令第三十九条の規定に違反しており、この違反は本件選挙が十七票の少差により当落を争われるところによつても、選挙の結果に異動を及ぼす虞のあること明白であると云わねばならぬ。
以上のように本件選挙は、選挙の規定に違反し且つ選挙の結果に影響を及ぼす虞があり、無効たるべきものであるので、原告等は昭和二十六年五月六日市選管委に対し市議会議員選挙無効の異議を申立てたところ、同委員会は同月二十八日原告等の申立を却け、右選挙を有効であると決定したので、原告等は更に同年六月十八日被告新潟県選挙管理委員会に対し訴願したが、同委員会もまた同年八月十五日原告等の請求を棄却するとの裁決をした。そこで原告等は右の裁決を取消し本件新潟市議会議員選挙を無効とするとの判決を求めるため、本訴に及んだ次第である。
被告の抗弁に対しては、本件選挙の投票用紙の様式が市長選挙は黒刷、議員選挙は赤刷に区別せられ、これについての注意が投票所に掲示されていたという事実は認めるが、その他の被告主張事実はすべて否認すると述べた。
立証として、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二を提出し、証人桜井一郎、増井友吉、三膳秋坪、猪股五雄、中川安太郎、土谷孝作、堀仙次、近藤三代平、堤交平、川崎平治、斎藤直吉、渡辺平松、石井良吉、伊藤二治、佐野誠一、鷲沢市三郎、鷲沢三次、丸山彦一、小熊ソヨ、荷平キミ、浅井ノイ、片野トシ、菊田シキ、畑山クマ、渡辺ミコ、黒井マキ、桜井トラ、桜井茂治、田中貞一、河内豊三郎、大野作一郎、小熊誠吉、田中政治、斎藤正一、黒島英三郎、臼木一雄、伊藤亮一、黒井松蔵、渡辺順作、横山収太郎、田中源次、桜井一衝、横田新治、河内啓明の各証言及び原告本人田村末松尋問の結果並びに検証の結果を援用し、乙第一号証の一、二、第四、第五号証の成立は不知なるも、その余の乙号各証の成立は認めると述べ、乙第六、第七号証及び第八号証の一ないし五を援用した。
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、原告等が昭和二十六年四月二十三日に行われた新潟市議会議員選挙における選挙人であること、原告等がその主張の日に市選管委に対し右選挙無効の異議申立をなしたが、同委員会において原告等主張の如き決定がなされたこと、更に原告等がその主張の日に被告に対し訴願をしたが、被告が原告等主張の如き裁決を為したことを認め、その他の原告等の主張事実については、次のとおり述べた。
第一、一、(1) 昭和二十六年四月二十三日に議員選挙と市長選挙が同時選挙として行われたことは認めるが、市選管委で投票の順序に関し、議員選挙を先に市長選挙を後に行わしむ旨決定し、これを投票管理者及びその代理者の会議並びに市嘱託員会議で指示し、または原告等主張のような選挙事務行程を作成して配布したこと、及び一般有権者に対し投票順序に関し積極的に周知せしめるの措置を講じたことは否認する。ただ昭和二十六年四月十一日投票管理者事務打合会で、事務取扱上の一応の内部的申合せとして、二つの選挙の投票用紙を同時に交付し同時に投票せしめる方法を排し、各別に投票を行わせる方法を採るために議員選挙を先、市長選挙を後ということが、協議打合せられたにすぎない。この協議打合せの結果を参酌して投票順序の図解表を附した選挙事務行程表を作成した投票所もあつたが、本件第二十五投票所ではこのような図解表を附した行程表は作成せず、投票順序には何ら触れない投票事務分掌表を作成し、これを各係主任に配付したに過ぎない。
(2) 右第二十五投票所において、午前七時から午前九時頃までの約二時間、市長選挙を先、議員選挙を後の順序で投票を行わせた事実は認める。しかしこれがため多数の選挙人が錯誤に陥り、その結果多数の無効投票を生じたということは争う。もともと議員先、市長後という投票順序は、一般選挙人には知られていなくて、投票所に行つてみれば、市長選挙の投票場所と議員選挙の投票場所とは明確に区分され、それぞれ設備の上で間違いようがない状況となつていたし、事務従事者が終始懇切に選挙人を指導した。更に投票用紙の様式も、市長選挙は黒刷、議員選挙は赤刷に区別され、これについての注意が投票所に掲示されていたので、選挙人が誤解したようなことは到底考えられない。また同投票所の属する第五開票区の無効投票は、他の開票区に比べてみても、次のように決して多いものではないし、無効投票の総数自体も多くない。
開票区
議員選挙
市民選挙
投票総数
無効投票数
比率
投票総数
無効投票数
比率
第一
一九、四九四
四五三
二・三二%
一九、四七一
六六七
三・四二%
第二
二二、三〇六
六三二
二・八三%
二二、三〇五
八八四
三・九六%
第三
一八、一一二
五二二
二・八八%
一八、一一二
九三八
五・一七%
第四
二〇、四五七
六五三
三・一九%
二〇、四五六
一、二八七
六・二九%
第五
二三、九二一
六〇四
二・五二%
二三、七四八
一、一五四
四・八三%
その内訳に至つては、各投票区により区々であることは通例で且つ当然であるが、第五開票区には第二十五投票所の外数投票所が所属し、その総投票が混同されていて(公選法第六六条第二項)区分することができないのであるから、たまたま同開票区において候補者でない者の氏名を記載した無効投票が比較的多いからといつて、それが第二十五投票所において多かつたのか、或は反対に少なかつたのかは、全く不明である。
(3) 原告等が表にして示した(第一の一の中に)開票区別、投票総数、無効投票数、その中候補者に非ざる者の氏名記載数、同上二者の比率はこれを認める。但し第三開票区の投票総数は一八、一一二票である。しかしこれに基く原告等の論旨は否認する、即ち第五開票区で候補者に非ざる者の氏名を記載した無効投票数の、無効投票総数に対する比率が高いのは、同開票区における無効投票の総数が多くないからで、投票総数に対する比率についてみれば次のとおりであり、必ずしも特に高率というべきものではない。
開票区
無効投票中候補者に非する者の氏名を
記載した票の、投票総数に対する比率
第一
〇・〇一三
第二
〇・〇一五
第三
〇・〇一四
第四
〇・〇一七
第五
〇・〇一八
なおもし原告等のいう如く選挙人が錯誤に陥つて投票を誤つたとするならば、議員選挙においてのみならず、市長選挙においても同様の事実が現われなければならないが、市長選挙の状況は左のとおりであつて、第五開票区における無効投票中候補者に非ざる者の氏名を記載したものの数は、無効投票総数に対する比率から云つても、投票総数に対する比率から云つても、他の開票区に比較して決して高いものではない。
開票区
(1)投票総数
(2)無効投票数
(3)無効投票中候補
者に非ざる者の
氏名記載数
(3)の(2)に対
する割合
(3)の(1)に対
する割合
第一
一九、四七一
六六七
三八四
〇・五七
〇・〇一九
第二
二二、三〇五
八八四
六五八
〇・七四
〇・〇二九
第三
一八、一一二
九三八
四九〇
〇・五二
〇・〇二七
第四
二〇、四五六
一、二八七
八四五
〇・六五
〇・〇四一
第五
二三、八七四
一、一五四
八〇七
〇・六九
〇・〇三三
右のように第五開票区における無効投票中に、候補者に非ざる者の氏名を記載したものの数がいささか多いとしても、前述の如く混同開票で投票所毎に区別できないから、その原因が果して第二十五投票所に多かつたためかは不明である。
(4) 同時選挙の場合において、何れの選挙の投票を先にし、何れの選挙の投票を後にするかという投票順序の決定は、「投票に関する事務」であつて投票管理者の担当するところである(公選法第三十七条第四項、第百二十三条参照)。見方をかえていえば同時選挙の各選挙についての投票所を定めることに外ならないので、投票管理者が職務権限を有するものと解すべく、選挙管理委員会の職務権限ではない。また何れの選挙管理委員会もこれについて投票管理者、開票管理者、選挙長を指揮監督することができるものでもない。投票順序は、公選法第六条第一項にいう周知せしむべき事項であるとしても、周知の職務と周知せしむべき事項を決定する権限とは、全く別個の問題である。
(5) 第二十五投票所において或る時間、市長選挙の投票を先に、議員選挙の投票を後に行わせたことは、事前の投票管理者事務打合会における協議打合に違うものであつたけれども、右事務打合会における協議打合は何ら法的拘束力を有するものではなく、共同の調査研究に過ぎないのであるから、これがため投票手続が違法となるものではない。また事柄の性質から云つてもどちらの投票を先にしなければ選挙の自由公正が保たれないというものではないから、どちらを先にしなかつたからと云つてその選挙の無効原因が生ずる筋合ではない。なお右事務打合会の協議打合に反する措置をとつたため、多数の選挙人を錯誤に陥れたという事実の全くないことは、前述のとおりであるからこれがため選挙の効力に影響を生ずべき筈はない。
二、市選管委が議員選挙と市長選挙につき、投票の順序を一般選挙人に周知せしめる方法をとらなかつたことは認めるが、この措置は何ら違法ではない、公選法第六条第一項は常の啓蒙宣伝についての、勧奨的訓示的規定であり、これによつて如何なる範囲の事項を周知せしめるかは、選挙管理委員会の自由裁量に属することで、同時選挙の場合における投票順序は、投票所に行けば極めて明瞭であるから、啓蒙運動としても予め選挙人に周知せしめる必要のない事項であるのみならず、前述の如く各投票管理者が決定すべき事項であるのを、選挙管理委員会がある予想の下に周知宣伝を行うことは、むしろ差控えるが至当である。
三、第二十五投票所が途中で投票順序を変更したことは、むしろする必要はなかつたことで、一つの行政上の失態であつたことは認めるが、これがため選挙が違法となるものではない。順序変更に当り投票を休止した時間は、僅か三分ないし五分であつて、このために投票を断念して引上げた選挙人はない。現に棄権率から云つても第二十五投票所は〇・〇八二%で全市各投票所の平均〇・〇九五%よりむしろ低いのである。従つて右の投票の休止は実害を伴わず、選挙の自由公正が害せられたものではないから、選挙の効力に影響を生ずべきものではない。
第二、第二十四投票所において、訴外五十嵐四郎が代理投票についての投票補助者に指定されたものでないことは認めるが、同人は選挙人小熊ソヨ等数十名ないし百数十名のために代筆投票をしたことは否認する。もしかかる事実があつたとすれば、そこに選挙罰則に触れる重大な犯罪事実があるとしなければならないが、今日までかかる犯罪事実につき刑事手続は開始されていない。
立証として、乙第一、第二号証の各一、二、第三号証の一ないし五、第四ないし第七号証、第八号証の一ないし五を提出し、証人桜井一郎、増井友吉、三膳秋坪、猪股五雄、田辺昭二、佐野武一、渡辺金三郎、樋口周平、小松原三蔵、五十嵐四郎、山田利二、高橋六衛、佐々木健一、高橋七郎、河内啓明の各証言並びに検証の結果を援用し、甲第三号証の成立は不知、その他の甲号各証の成立は認めると述べた。
補助参加人指定代理人は、本件訴訟の結果につき利害関係を有すること明かであるから、被告を補助するため本訴訟に参加するものであると申出で、原告等の請求棄却の判決を求め、被告訴訟代理人と全く同一に事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否を為した。
理由
原告等三名が、昭和二十六年四月二十三日に施行された新潟市議会議員選挙(以下議員選挙と略す)の選挙人であること、右選挙は同日新潟市長の選挙(以下市長選挙と略す)と同時に行われたものであること、原告等が同年五月六日新潟市選挙管理委員会(以下市選管委と略す)に対し右議員選挙無効の異議申立をしたところ、同委員会は同月二十八日原告等の申立を却け右選挙は有効である旨の決定をなしたこと、これに対し原告等は同年六月十八日被告に訴願したが、被告もまた同年八月十五日原告等の請求を棄却する旨の裁決をしたことは当事者間に争がない。
よつて原告等が主張する右選挙は無効であるとなす各理由について順次判断をすすめる。
第一、一、新潟市石山区木戸小学校に開設せられた右選挙における第二十五投票所において、投票開始の午前七時から同九時頃までは、選挙人に対し先に市長選挙の投票用紙を交付して投票させ、次いで議員選挙の投票用紙を交付して投票させ、九時頃しばらく投票を休止し(その間の経過時間については争があるが、この点は後記三に述べる)、これを変更して議員選挙を先、市長選挙を後という順序で選挙が行われたことは、当事者間に争がないが、原告等は、右投票の順序は公職選挙法(以下公選法と略す)第六条第一項にいう「投票の方法」ないし「選挙に関し特に必要と認める事項」に属するので、市選管委は議員選挙を先、市長選挙を後という投票順序を決定し、且つこれを選挙事務従事者及び関係者に周知徹底せしめた外、一般選挙人に対しても周知を図つたに拘らず、第二十五投票所の投票管理者が濫りにその順序を変更して、前記の如く約二時間に亘り市長選挙先、議員選挙後の投票を行わしめたのは、公職選挙法第六条第一項に違反し、これがため多数の選挙人を混乱に導き錯誤に陥れて、候補者に非ざる者の氏名を記載した多くの無効投票を生ぜしめた旨主張するので按ずるに、公選法第六条第一項は公職の選挙に関する概括的な総則的規定の一つで、各種の選挙管理委員会に対し、選挙に関し特に必要と認める事項を、平常時においても一般選挙人に周知せしめること、及び棄権防止につき適切な措置を講ずべきことを訓示したものであり、所謂効力規定ではなく、その内容も頗る抽象的ではあるが、選挙管理委員会がこの規定の趣旨に著しく違反することも考えられないわけではないから、これがため選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合があつたならば、同法第二百五条によりその当該選挙の全部又は一部の無効を来すこと勿論である。ところが本件のように同時に議員選挙と市長選挙が行われる場合に、選挙人に投票用紙を同時に交付し候補者氏名の記載も同時にさせるか、或はまず一方の投票用紙を交付しその投票を済ませてから後、他方の投票用紙を交付しその投票を別に場所を設けさせるか等の方法を、予め決めておくことは、多数の選挙人が同一の投票所で、混雑を来すことなく公正に投票するについて、必要な事項にはちがいないが、それを決めること自体は、原告等の主張するように、公選法第六条第一項によつて市選管委の法律上の義務とせられているものと、解することはできない。本来投票に関する事務であつて、その担当者(同法第三十七条第四項)である投票管理者が決定すべきことである。投票管理者は当該の投票所だけについて独自にこれらの方法を決定することもあるであろうし、また市全域の投票管理者が劃一的な方法を協議打合せることもあるであろう。これを本件についてみるに、原告等主張の如く市選管委で議員投票先、市長選挙後なる順序をきめたという事実は本訴に顕われたすべての証拠を以つてしても、これを確認するに足らないのみならず(証人石井良吉の証言により成立の認められる甲第三号証にある投票順序を示した図解表の記載、証人佐野誠一、丸山彦一の各証言中、選挙当日新潟市の第一農業協同組合の事務所から市選管委へ電話で問合わせたところ、議員選挙が先、市長選挙が後という返事があつた旨の供述部分、証人斎藤直吉、渡辺良吉、鷲沢市三郎、丸山彦一の各証言中、選挙運動の際候補者や運動員が、メガホンやラウドスピーカーで、投票の順序は議員選挙が先、市長選挙が後という宣伝をしていた旨の供述部分、証人堀仙次、石井良吉の各証言中、昭和二十六年三月二十八日の市の事務嘱託員の打合会のときすでに、市選管委の安藤委員長から、投票順序につき議員のを先、市長のを後にするということに話があつた旨の供述部分も、未だこの事実を肯認する証拠とするに足らぬ)むしろ証人佐野武一の証言により成立の認められる乙第五号証、証人桜井一郎、佐野武一、渡辺金三郎、小松原三蔵の各証言を総合すれば、市選管委としては投票の順序につき何等の決定をしたこともない事実並びに選挙前昭和二十六年四月十日頃に、投票管理者及びその代理者の事務打合会において、昭和二十二年の知事、県会議員の際選挙人に両投票用紙を同時に交付し、ために投票にあたつてやや混乱を生じたことのあつたのに鑑み、投票の順序をきめて各別に投票用紙を交付すべきだとの意見が出て、議員投票を先、市長投票を後にしようという申合せがなされ、本件選挙の際は第二十五投票所を除く他の投票所ではすべて、終始その順序で選挙が行われた事実、また証人桜井一郎、増井友吉、三膳秋坪、猪股五郎の各証言によれば、第二十五投票所では投票管理者桜井一郎が投票の順序を市長先、議員後ときめて、投票を開始したところ、他の投票所ではその逆に議員先、市長後で投票しているという話が入り、立会人から意見も出て、立会人たりし増井友吉、三膳秋坪、猪股五郎と協議の上、他と同じような順序に変更することにきめた事実を認めることができる。しかも第二十五投票所で前記のように投票開始後二時間に亘り、右打合せとは逆の順序で選挙投票の行われたのは、証人中川安太郎の証言によると、前記打合せのあつた事務打合会に、第二十五投票所から投票管理者の代理として出席した中川安太郎が協議打合の結果を反対に聞き違えて投票管理者に報告したのに、基因することが窺われる。してみれば、市選管委で投票の順序を決定してあつたのに拘らず、第二十五投票所でこれに従わず、同所の投票管理者が擅に投票の順序を変更して選挙投票を開始し、その後二時間を経て市選管委の決定した順序に改めたことが、選挙の規定に違反するのだという前提に立つ原告等の主張は、すでにこの点において失当と云わざるを得ない。のみならず始めに市長先の順序で投票が行われたがため、選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるような多数の無効投票を生ぜしめたという事実は、本訴に顕われた全立証を以てするも、到底これを確認することができない。
二、次に原告等は、もし本件の場合市選管委が投票の順序について何らの決定をなさなかつたとしても、投票管理者及びその代理者の事務打合会で、議員選挙先、市長選挙後の協議打合ができたのであるから、市選管委においてこの点に関し選挙人に対し周知徹底を図らなかつたことは、選挙法規の違反であつて、これがため選挙の結果に異動を及ぼす虞があると主張し、市選管委が右のような周知徹底を図つたことのない事実は、被告も認めて争わないところであるが、前段に説示の如く同時投票の場合、両者の順序を決めることは市選管委の法律上の義務でもなく、投票管理者間で打合せて右の順序を決めた場合でも、これにつき市選管委が自ら一般選挙人に周知徹底を図らなければ、選挙の法規に違反したことになると解するには当らないから、原告等のこの点の主張も採用できない。
三、更に原告等は、本件選挙の投票時間中午前九時頃から約三十分間に亘り事実上投票所を閉鎖し、その間選挙人をして投票することのできない状態を惹起せしめたのは、公選法第四十条に違反したもので、これがため実際多数の棄権者を出だし、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある旨主張するので、審按するに、選挙の投票を開始してからみだりに投票所を閉鎖し、ために多数の棄権者を生じ、またはその後の投票の混乱を来たすようなことがあれば、公選法第四十条の違反を以つて目することもできようが、投票所の整理その他正当な理由があつて投票者にしばらく入場を待つて貰うようなことがあつただけでは、未だ選挙の法規に違反したというに当らぬ。本件の場合に午前九時頃からしばらく、選挙人に投票させることを休止した事実は、前示の如く当事者間に争がないが、その経過時間については証人桜井一郎、増井友吉、三膳秋坪、猪股五雄の各証言を綜合すれば、前示一、の中に認定した如く投票の順序を変えることに決めてから、投票交付係の机上の投票用紙を置きかえ、投票の交付所及び記載所のビラを貼り替えるため、選挙人のすくないときを見計つて約三、四分、長くかかつたとしても五分位を要し、その間投票を休止した事実を認めることができるし、(証人堤交平の入場前十五分位待さたれた旨の証言だけではこの認定を覆すに足らぬ)このように選挙人をしばらく待たせ投票を休止したことにより、原告主張のように同投票所において選挙の結果に異動を生ずる虞のあるような棄権者を生じたとか、その後の投票の中に候補者をとりちがえたことによる無効投票を沢山出したという如き事実を認むるに足る確証はない、証人近藤三代平、川崎平治、増井増雄、斎藤直吉、鷲沢市三郎、鷲沢三次の各証言中には、右順序変更後の投票の際議員の候補者と市長候補者の氏名をとりちがえた者のあることを聞知した旨の供述部分もあるが、かかる伝聞のみによる証言では、未だこの事実を確認するに足らぬ)。してみれば原告等のこの点の主張も理由がない。
第二、本件の選挙において新潟市役所石山支部に開設された第二十四投票所では、訴外五十嵐四郎が代理投票についての投票補助者でなかつた事実は、当事者間に争なく、原告等は右五十嵐が当日同投票所で選挙人小熊ソヨ等数十名のため投票用紙に代筆してやつた事実があり、それは公選法施行令第三十九条に違反すると主張するので調べてみるに、成立に争なき甲第四号証の二(第二十四投票所の投票録)及び証人山田利二、河内啓明の各証言によれば、当日同投票所で公選法第四十八条の代理投票をした者が十名あつたことが認められるが、前示五十嵐四郎が無筆者のために投票の代筆をしたという原告等主張事実については、証人小熊ソヨ、荷平キミ、浅井ノイ、片野トシ、菊田シキ、畑山クマ、渡辺ミコ、黒井マキ、桜井トラの各証言中には、当日同投票所に投票に赴いたが、字が書けぬため代筆をして貰つた旨の供述部分があり、その中証人小熊、荷平、片野は、五十嵐四郎と思われる人に代筆して貰つた旨漠然たる供述もしているが、右証人等はいずれも前記第四号証の二の公文書たる投票録中に代理投票者として氏名の載つていない者ばかりであつて、たやすくその証言を信用することができないし、また証人横田新治の証言中、五十嵐四郎が投票の代筆をしていた旨の供述部分は、次に認定するこれと反対の事実に照らし措信し難いところであり、その他の原告等が該事実の立証に供せんとする各証人の証言は、いずれも伝聞した事実の漠然たる供述があるのみで、未だ右事実を確認するに足らず、その他に右事実を認むることのできる証拠はない。却て証人五十嵐四郎、山田利二、高橋六衛、佐々木健一、高橋七郎、河内啓明の各証言を総合すれば、五十嵐四郎は当日同投票所の投票用紙交付係であつて、投票時間中その席を離れたこともあつたが、無筆者の代理投票をしたことは全くなかつた事実を認めることができるし、前示甲第四号証の二の記載によれば、同投票所の投票録には十名の代理投票者につき、それぞれ代理投票者毎にその補助をした者の氏名が載せてあるが、その中に五十嵐四郎の氏名は全然記載されていない事実が認められる。よつて原告等のこの第二の主張もまた理由なしとせざるを得ない。
以上の次第であるから、原告等が本件選挙の無効であることを主張する本訴の請求は、認容するに由なきを以つてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。
(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)